はまかぜ通信 ~ Personal

紀州 雑賀崎 底曳き漁師のブログです

大漁旗  

11月8日

昨日7日は 雑賀崎集落の菩提寺である極楽寺の院主さんが
息子である しんぼち(お寺の後継ぎ)と 院主の座を交代する
式典がありました。

雑賀崎漁業組合も 総休みで 
全船 大漁旗を掲げて これを祝いました。

tairyouki.jpg

実は 先日 納戸の片づけをしていたら
おふくろさんが しまいこんでいた 大漁旗が たくさん 出てきました。

雑賀崎では 大漁旗は 新造船のお祝いに
友達や 親戚が 贈る習慣があります。

昔は 漁船は 木造船だったので
10年に1度は 作り変えなければならず
そのたびに 大漁旗を贈られるので
大漁旗が 何枚も あるのです。

昔は 大漁旗は その言葉の通り 「大漁」を知らせるものだと言いますが
今では 旧正月や 新造船の進水式のときなど
祝い事のとき 掲げられます。
1年に 何回も 掲げるものではないので
贈られた大漁旗は 新品のまま しまわれていたのです。

今回 掲げた大漁旗 (風の都合で裏っかえしの写真ですいません)

上の 金栄丸と書いてある方の旗 贈り主が 「日本竹(にほんだけ)連中(れんちゅう)」 と記されています。
「連中」とは 友達のなかでも 義兄弟の契りを交わした
特別のグループです。
「日本竹連中」は 親父さんの連中で 
リーダーであった 親父さんの友達の屋号から 「日本竹連中」と呼ばれていました。
今では 5人あった連中も 親父さんと もう一人を 残すだけで
皆 亡くなってしまいました。
残った二人も もう 引退して 漁師であるものは誰もいません。

下の 「金政丸」と書いてある 大漁旗。
これは 私が 中学を卒業して 漁師になって 
初めて作った船(そのとき作ったのは 親父さんですが・・・・)
親父さんと 私から 一文字づつ取って名付けられた 「金政丸」に贈られたものです。
「金政丸」は あまり 大漁できなかったので 
縁起を担ぐようですが 次の船では 以前の 「金栄丸」に 船名を 戻しました。
贈り主は 「中西賢一」と記されています。
おふくろさんの 妹の夫 つまり おじ です。

この旗は 本当に 大きな旗です。
畳2枚分ぐらいは あります。
おばも おじも 子供のころから 弟のように私を 可愛がってくれましたが
私が漁師になって 初めての新造船ということで ずいぶん張り込んでくれたのだと思います。


どの船にも 翻るその旗々には
大漁祈願だけではなく
船に乗る人はもとより 陸に残る周りの人の 安全・幸運の願いが
こめられているのだと 改めて 思い出しました。

おじは いま 脳内出血や肝臓で 病院で闘病中です。
たまには 顔を見せに行かねば・・・・と 思いつつ
日々の生活に流されて 明日 明日と 先延ばしにしています。

本当に 明日こそ 賢ちゃんの顔を見に行くぞ
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